ニック・ドレイクのおすすめ「この1曲」

この1曲
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死後に再評価された夭折のシンガーソングライター

今日はニック・ドレイクで一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。
ニック・ドレイク(1948.6.19 – 1974.11.25)はイギリス人シンガーソングライター。ビルマ・ラングーンで生まれ、幼少期にイギリスに移ります。

ケンブリッジ大学のフィッツウィリアム・カレッジに在籍していましたが、在学中にアメリカ人プロデューサー、ジョー・ボイドと出会い、ドレイクのデモを聴いたボイドはドレイクのマネージメントや制作などの契約を申し出ます。

1968年、ボイドをプロデューサーに迎えて、ドレイクはデビュー・アルバム「Five Leaves Left」を録音。このアルバムは発売が数か月遅れ、また、マーケティングやサポートも不十分でした。メディアの反応は「詩的で面白い」、「エンターテインメントとしては地味」などさまざまでしたが、ほとんどラジオでは流れませんでした。

1969年8月にBBCのジョン・ピール・ショーで5曲を収録。そのうち3曲が放送されます。また、9月にはロンドンのロイヤル・フェスティバル・ホールでの公演に出演。その後、いくつかのクラブでも公演しますが、ドレイクは演奏することに消極的で、ほとんど観客に語りかけることもありませんでした。この経験から彼はライブ活動をしなくなります。

ドレイクは卒業の9か月前に大学を辞め、1969年末にはロンドンに引っ越します。

1971年にセカンド・アルバム「Bryter Layter」をリリース。再びボイドがプロデュースし、アップビートでジャズ的なサウンドを導入。「Northern Sky」と「Fly」の2曲にはジョン・ケイルも参加します。

このアルバムが売れなかったこと、師匠ともいえるジョン・ボイドがドレイクのもとを去ったことなどが原因でドレイクは精神を病んで自宅に引きこもるようになります。

精神的な不安定、ドラッグの問題を抱えつつ、ドレイクは1971年10月にサード・アルバムの制作を開始します。前作のサウンドに不満を感じていて、今作はおもにヴォーカルとギターで制作をおこないます。こうして完成したサード・アルバム「Pink Moon」は1972年2月にリリースされますが、ドレイクがプロモーションやライブ活動を嫌っていたため前作よりも少ない枚数しか売れませんでした。

その後は鬱病に苦しみながら他の職を経験したり1974年7月にはレコーディングもおこなっていますが、1974年11月25日、自宅のベッドで亡くなっているドレイクを母親が発見。死因は抗うつ薬の過剰摂取でした。まだ26歳という若さでした。

1980年代から、ケイト・ブッシュ、ポール・ウェラー、ブラック・クロウズ、R.E.M.のピーター・バック、ザ・キュアーのロバート・スミスなどのミュージシャンがドレイクからの影響を公言し、ドレイクの評価が高まっていき、今日に至るまで多くの曲がカバーされ、音源も次々と再発されています。

ニック・ドレイクで一番好きな曲

ニック・ドレイクを知ったのは2003年くらいだったと思うので、結構あとになってから知ったミュージシャンになると思います。当時ブラッド・メルドーを知ったころで、メルドーが「River Man」や「Things Behind The Sun」のカバーを演奏しているのを聴き、原曲を聴いてみたいと思ったのがきっかけでした。

River Man
ブラッド・メルドーがカバーした「River Man」

そこから3枚のオリジナル・アルバムを買い揃え、彼の繊細で美しく内向的なサウンドに浸かっていきました。どのアルバムも好きですが、一番好きなのは?と聴かれると「Pink Moon」ですね。それぞれの曲が短く、11曲で28分しかない。鬱に苦しみながらも、ようやく自分のやりたい音楽が出来たのかもしれません。シュールなジャケットも好きです。

一番好きな曲となると候補曲は「River Man」、「Place To Be」、「Free Ride」、「Hazy Jane II」などなどが挙がりますが、「この1曲」には「Pink Moon」収録の「Things Behind The Sun」を選曲したいと思います。暗闇で光を求めるかのようなイメージを感じてしまうのですが、歌もギターも暗く、メランコリックでそして何より美しいです。

Things Behind The Sun
ニック・ドレイクの「Things Behind The Sun」

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