フォークロックのスーパーグループ
今日はクロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤング(CSN&Y)で一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。
CSN&Yは1968年アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたロックバンド。
メンバーと担当楽器は以下の通り。
- デヴィッド・クロスビー(ヴォーカル、ギター)
- スティーヴン・スティルス(ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、パーカッション)
- グラハム・ナッシュ(ヴォーカル、キーボード、ギター)
- ニール・ヤング(ヴォーカル、ギター、キーボード、ハーモニカ)
1967年10月にバーズを離れたデヴィッド・クロスビー、バッファロー・スプリングフィールドを解散したスティーヴン・スティルス、ホリーズのグラハム・ナッシュがジョニ・ミッチェルも参加したパーティで演奏し意気投合。ナッシュは1968年12月にホリーズを脱退し、トリオが結成されます。
アトランティック・レコードと契約し、1969年5月にファースト・アルバム「Crosby, Stills & Nash」をリリース。このアルバムはアメリカで大ヒットを記録し、ビルボードのアルバム・チャートで6位を記録。ドラマーのダラス・テイラーと、クロスビーとナッシュのリズムギターとアコースティック・ギターのパートを除いて、スティルスはアルバムのほとんどの演奏を担当していましたが、バンドはツアーを行うための追加メンバーを必要としていました。
バンドは当初キーボード奏者を雇おうとしましたが、ニール・ヤングが候補に浮上。スティルスとヤングの関係性が問題となり保留されますが、何度かのミーティングの後、ヤングの加入を決定。CSN&Yのラインナップが完成します。
バンドの最初のメジャー・ギグは1969年8月16日、シカゴのオーディトリウム・シアターで、ジョニ・ミッチェルをオープニング・アクトに迎えておこなわれた。その翌日、ウッドストックに移動。1969年8月18日の早朝に出演し知名度を高めました。
ヤング加入後のファースト・アルバム「Déjà Vu」は1970年3月に発売され、全米1位を獲得。このアルバムの国内販売枚数は現在800万枚を超えており、各メンバーのキャリアの中で最も売れたアルバムであり続けています。
アルバムにともなう全米ツアーを1970年4月から開始。ツアー中に起こったケント州立大学の銃乱射事件の報道を受け、ヤングはプロテスト・ソング「Ohio」を作曲。数週間後にリズム・セクションを加えてレコーディングされ、急きょリリースされたこの曲は1970年8月に14位を記録します。
23公演のツアーが進むにつれ、スティルズのアルコールやコカインの乱用が顕著となり、クロスビー、ナッシュ、ヤングは1970年7月にシカゴのオーディトリウム・シアターで2泊した時にスティルズを解雇することを決定。ツアー後すぐにグループは解散しました。 このツアーのコンサート録音をナッシュがまとめ、1971年に発表されたダブル・アルバム「4 Way Street」は全米1位を記録しました。
その後メンバーはそれぞれソロアルバムをリリース。9月にはヤングの「After the Gold Rush」、11月にはスティルスの名を冠したデビュー作「Stephen Stills」、2月にはクロスビーの「If I Could Only Remember My Name」、5月にはナッシュの「Songs for Beginners」がリリースされました。4枚のソロLPは全てビルボード200でトップ15入りを果たしました。以降もソロ活動を続け、4人は確固たる地位を築いていきます。
1973年6月には再結成に向け動き出しますが、口論が再燃。結局1974年夏に再結成しツアーにも出ますが、メンバー間の不仲やドラッグの問題は変わっておらず、アルバムを制作中に解散となります。
その後、グループは何度か再結成を繰り返し、時にはヤングと一緒に、時にはヤングなしで、8枚のスタジオ・アルバムと4枚のライヴ・アルバムをリリースしています。
クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングで一番好きな曲
クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングはバッファロー・スプリングフィールドの流れで聴きました。ニール・ヤングが加入後のアルバム「Déjà Vu」はカセットテープが擦り切れるほど聴きました。そしてライブ盤「4 Way Street」も名盤ですね。仲悪い中での演奏とは思えません。
私はニール・ヤングを追いかけて聴いてきているので、やはりヤング作曲の曲が候補にあがりますが、クロスビー・スティルス・ナッシュ&ヤングで一番好きな曲「この1曲」は「Ohio」を選曲します。
怒りに満ちたメロディが攻撃的で歌詞を確認せずにはいられない曲。事件の報道写真を見て、歌詞を書いたということですが、5月4日に事件が起こって5月21日にはレコーディングされたといいますが、怒りをそのままパッケージしたようなレコーディングです。クロスビーの慟哭が生々しい。
コメント