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カーペンターズのおすすめ「この1曲」

この1曲
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70年代に活躍した兄妹デュオ

今日はカーペンターズで一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。
カーペンターズは1969年アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルスで結成されたリチャード・カーペンターとカレン・カーペンターによる兄妹デュオ。

リチャードは子供の頃にピアノのレッスンを受け、カリフォルニア州立大学ロングビーチ校に進み、カレンはドラムを学びました。二人は1965年にデュオとして初めて共演し、ジャズ志向のリチャード・カーペンター・トリオを結成し、その後、スペクトラムを結成しました。

1969年にカーペンターズとしてA&Mレコードと契約。ファースト・アルバム「Offering」をリリースします。11月5日にシングルとしてリリースされた「Ticket to Ride」はビルボード・ホット100で54位、アダルト・コンテンポラリー・チャートではトップ20に入りました。このアルバムは初動で18,000枚しか売れませんでしたが、カーペンターズのその後のブレイク後、「Ticket to Ride」という名前で国際的にリイシューされ、25万枚のセールスを記録しました。

1970年には「(They Long to Be) Close to You」(全米1位)、「We’ve Only Just Begun」(全米2位)のヒット・シングルで大成功を収め、2曲が収録されたセカンド・アルバム「Close to You」も全米2位、200万枚を売り上げるヒットとなりました。

その後、カーペンターズはビルボードのトップ40やアダルト・コンテンポラリー・チャートで記録的なヒットを連発していきました。「(They Long to Be) Close to You」、「Top of the World」、「Please Mr. Postman」の3枚がビルボード・ホット100で1位となり、アダルト・コンテンポラリー・チャートでは15枚のナンバーワン・ヒットを記録しました。

1978年までにリチャードは睡眠薬クエールードの中毒になっており、ツアーをやめることを決断。リチャードは1979年1月に施設で中毒の治療を開始しました。一方、カレンも神経性食欲不振に苦しんでいました。

カレンはプロデューサーのフィル・ラモーンとニューヨークでソロ・アルバムを制作することに決定。アルバムは1980年初頭に完成しましたが、A&Mからは否定的な評価を受け、リチャードはカレンがこのアルバムで仕事をするには体調が良くないと感じていました。結果、このアルバムはリリースされず、カレンの死後、1996年になるまで発表されることはありませんでした。

1981年6月16日、カーペンターズはデュオとしての最後のアルバム「Made in America」をリリース。 このアルバムはヒット曲「Touch Me When We’re Dancing」を生み出し、ホット100で16位を記録しました。

1983年2月4日、カレンは両親の家に滞在中に心肺停止状態となり、病院で死亡が確認されました。死因は拒食症に端を発する心不全でした。

カーペンターズで一番好きな曲

カーペンターズも幼少期からテレビやラジオで流れ続け、また両親が好きだったこともあり、私の体に染み付いていると言っていい音楽ですね。おもにベスト盤を聴いていたので、現在に至るまで全てのアルバムを聴いた訳ではないのですが、「Close to You」、「Carpenters」あたりは中学生のころよく聴いていました。

カーペンターズで一番好きな曲は名曲が多すぎて困りますね。「Yesterday Once More」、「(They Long to Be) Close to You」、「We’ve Only Just Begun」、「Top of the World」、「Superstar」などが候補に挙がります。

それで結局選んだのは、サード・アルバム「Carpenters」収録の1曲目「Rainy Days and Mondays」。
月曜日にこの曲が頭に浮かんで学校や会社に行きたくないとなったことは一体何度あったのでしょうか。笑。カレンのヴォーカルは低音から高音まで淀みがなく、朝聴くと1日がうまく始められそうな魅力があります。

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