ニューヨーク・ドールズのおすすめ「この1曲」

この1曲
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初期のパンク・ロックを代表するバンド

お気に入りのミュージシャンやバンドの楽曲のなかで一番好きな曲を選んで紹介していく「この1曲」。

今日はニューヨーク・ドールズをとりあげます。以前書いたジョニーのソロについての記事はこちら

ニューヨーク・ドールズは1971年アメリカ・ニューヨークで結成されたロックバンド。

デビュー当時のメンバーと担当楽器は以下の通り。

  • デヴィッド・ヨハンセン(ヴォーカル)
  • ジョニー・サンダース(ギター、ヴォーカル)
  • シルヴェイン・シルヴェイン(ギター、ヴォーカル)
  • アーサー・”キラー”・ケイン(ベース)
  • ジェリー・ノーラン(ドラムス)

シルヴェイン・シルヴェインは、ビリー・マーシアと1970年に新しいバンドを結成し、ジョニー・サンダースをベースに迎えましたが、シルヴェインはジョニーにギターを教えることになりました。

シルヴェインが数ヶ月間ロンドンに滞在するためにバンドを離れ、残された二人は別々の道を歩むことになりました。

ジョニーはブロンクスで一緒に演奏していたリック・リヴェッツとアーサー・”キラー”・ケインのバンドに参加。ジョニーの提案でビリーが加入し、ジョニーはリード・ギターとヴォーカルを担当しました。

1971年にジョニーはフロントマンを辞めることを決め、デヴィッド・ヨハンセンがバンドに加入します。数ヶ月後にリック・リヴェッツが脱退し、シルヴェイン・シルヴェインが加入。ラインナップが固まります。

ドールズの最初のパフォーマンスは1971年のクリスマスイブにおこなわれました。マネジャーを得て音楽業界の関心を集めたのちに、1972年、フェイセズのイギリス・ツアーのオープニングとして同行。

しかしイギリス・ツアー中にビリーが薬物摂取後にホテルの浴槽で溺死しているところを発見され、バンドはニューヨークに戻ります。

ニューヨークに戻ったドールズは新しいドラマーをオーディションし、バンドの友人であるジェリー・ノーランが加入。マーキュリー・レコードと契約した後、デビュー・アルバムを制作します。

1973年7月、アルバム「New York Dolls」をリリース。このアルバムは商業的には失敗したものの、ニューヨーク・ドールズは1970年代のパンク・ロック・ムーブメントの先駆けとして影響力を持つことになります。

1974年5月にはセカンド・アルバム「Too Much Too Soon(邦題:悪徳のジャングル)」をリリース。このアルバムも売り上げは振るわず、マーキュリーはドールズとの契約を打ち切ります。

1975年までにドールズはそれまでよりも小さな会場で演奏するようになっており、薬物、アルコールの乱用や音楽性の違いが顕在化してきます。

2月下旬から3月上旬にマルコム・マクラーレンが彼らの非公式なマネジャーになりました。

ジョニーとジェリー・ノーランがデヴィッド・ヨハンセンと口論になり脱退。その後はメンバーを変え活動を続けますが、1976年に解散となります。

ニューヨーク・ドールズで一番好きな曲

私がニューヨーク・ドールズを初めて聴いたのは浪人生のころだったと思います。

ひととおりジョニー・サンダースを聴きまくったあとにファースト・アルバム「New York Dolls」を手にします。

ジャケットのジョニー以外がひどいのはネタなのか、ジョニーを引き立てるためなのかよくわからないですが、私はどうしてもジョニーに注目しちゃうわけです。

2枚のアルバムも最初の聴き方はジョニー中心で、ギタープレイやコーラスの入り方に注目しながら聴いていました。当時はちょっと片寄った聴き方でしたね。

ニューヨーク・ドールズの「この1曲」はそういう観点もあってか、ジョニーのギタープレイ、高音のコーラスが聴ける曲。

ファースト・アルバム「New York Dolls」収録の「Personality Crisis」を選曲します。

ギターはわりと堅実なシルヴェインのプレイがジョニーを自由にさせている感じですね。

デヴィッド・ヨハンセンの野太いヴォーカルとジョニーの高音ヴォーカルは相性バッチリ。クラッシュのジョー&ミックのヴォーカルにはドールズの影響を感じますね。

New York Dolls – Personality Crisis

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