チャック・ベリーのおすすめ「この1曲」

この1曲
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ロックンロールの父

おすすめのミュージシャンの楽曲で最も好きな1曲を選び、紹介していく「この1曲」。

今日はチャック・ベリーを取り上げます。

チャック・ベリーは1926年アメリカ・ミズーリ州・セントルイスに生まれたシンガー・ソングライター、ギタリスト。

ロックンロールの先駆者の一人として知られています。

幼い頃から音楽に興味を持ったチャック・ベリーは、高校で初めて公の場で演奏しました。

高校在学中に武装強盗の罪で有罪判決を受け、1944年から1947年まで少年院に収容されました。

出所後は結婚し、自動車の組み立て工場で働きます。

1953年初旬までにブルース・ミュージシャンのT・ボーン・ウォーカーのギター・リフやショーマンシップのテクニックに影響を受け、ジョニー・ジョンソン・トリオとの共演を始めました。

1955年5月にシカゴを訪れた際にマディ・ウォーターズに出会い、マディがチェス・レコードのレナード・チェスに連絡を取るように勧めたことがブレイクのきっかけとなりました。

チェス・レコードからリリースされたデビュー・シングル「Maybellene」は、カントリー・ソング「Ida Red」をベリーがアレンジしたもので、100万枚以上のセールスを記録し、ビルボードのR&Bチャートで1位を獲得しました。

1950年代末までにベリーはスターとしての地位を確立し、いくつかのヒット・レコードや映画に出演し、ツアーのキャリアも充実していました。

ベリーはセントルイスのナイトクラブ、ベリーズ・クラブ・バンドスタンドを設立していましたが、

14歳の少女を州境を越えて輸送したというマン法違反の罪で、1962年1月に3年の実刑判決を受け収監されました。

1963年に出所した後、ベリーは「No Particular Place to Go」、「You Never Can Tell」、「Nadine」などのヒット曲を残しました。

しかし、これらのヒット曲は1950年代の彼の曲のような成功や持続的なインパクトを得ることはできず、

1970年代になると彼はノスタルジックなパフォーマーとしての需要が高まり、質の異なる地元のバックアップ・バンドと過去のヒット曲を演奏するようになりました。

1972年にリリースしたシングル「My Ding-a-Ling」が彼の初めての全米1位を記録し、彼は新たなレベルに達しました。

1979年には脱税の罪で4か月の実刑判決と社会奉仕活動を受けました。

1986年のロックンロールの殿堂入りを果たした最初のミュージシャンの一人であり、「ロックンロールのサウンドだけでなく、ロックンロールのスタンスの基礎を築いた」ことが評価されました。

チャック・ベリーで一番好きな曲

昨日のエルヴィスと同様にチャック・ベリーも幼い頃から家で流れていた音楽で、

高校生のころ、NHKの洋楽アーカイブ番組を観たことがきっかけで、しっかり聞き直しました。

チャック・ベリーの「この1曲」は「Maybellene」、「Roll Over Beethoven」、「Rock and Roll Music」など名曲が多数あり迷いますが、

Johnny B. Goode」を選曲します。

バック・トゥ・ザ・フューチャーでマイケル・J・フォックスがチャック・ベリー登場以前の設定でこの曲を演奏していますね。

あの強烈なイントロ、リフ。そしてギターソロや、マイケル・J・フォックスも真似したショーマンシップを取り入れた音楽スタイルが最高にかっこいいです。

 

Chuck Berry – Johnny B. Goode (Live 1958)

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