浅川マキのおすすめ「この1曲」

この1曲
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様々なジャンルを横断して独自の世界観を表現した歌手

季節ごとに聴きたくなるミュージシャンってあるもので、私の場合、秋から冬にかけてベルセバやサイモン&ガーファンクルなんかを聴くことが多いです。夏に疲れて、耳に優しいサウンドを求めているのかもしれませんね。今日紹介するのもそんな秋に聴きたくなるミュージシャン。

今日は浅川マキで一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。今年で没後10年が経ちました。

浅川マキは1942年に石川県の現在の白山市に生まれたミュージシャン。ジャズ、フォーク、ロック、ゴスペルなど、様々なジャンルを横断して独特の世界観で表現しました。

地元で就職するも、歌手を目指して上京します。1967年にシングル曲「東京挽歌/アーメン・ジロー」をビクターからリリースしますが、この曲は浅川マキ自身の意向が反映されていない曲として本人はディスコグラフィに加えることを認めていません。

1968年には寺山修司と出会い、新宿の地下劇場「蠍座(さそりざ)」公演にて初のひとり舞台公演をおこないます。

東芝に移籍し、1970年にはファースト・アルバム「浅川マキの世界」をリリース。以降、コンスタントにアルバムを発表していきます。

11970年9月浅川マキの世界
21971年9月MAKI Ⅱ
31972年12月ブルー・スピリット・ブルース
41973年11月裏窓
51976年3月灯ともし頃
61977年3月流れを渡る
71978年12月寂しい日々
81980年4月ONE
91982年2月マイ・マン
101982年10月CAT NAP
111983年8月WHO’S KNOCKING ON MY DOOR
121983年12月幻の男たち
131985年2月SOME YEARS PARST
141985年6月ちょっと長い関係のブルース
151986年3月アメリカの夜
161987年2月こぼれる黄金の砂 -What it be like-
171987年12月UNDERGROUND
181988年5月幻の女たち
191988年12月Nothing at all to lose
201991年2月BLACK -blackにgood luck-
211996年6月こんな風に過ぎて行くのなら
221998年11月闇のなかに置き去りにして〜BLACKにGOOD LUCK

1998年以降、新作が発表されなかったのは、浅川マキ本人がCDの音質を嫌っていて、当時はアナログ盤も生産されていなかったため。2000年以降は新宿PITT INNを拠点にライブ活動をおこないました。

2010年1月17日に公演のために滞在していた名古屋のホテルで倒れているところを発見され病院で死亡が確認されました。死因は急性心不全でした。

浅川マキで一番好きな曲

浅川マキは親の持っていたアナログ盤「裏窓」を聴いたのが最初。高校生の頃だったと思います。浅川マキの作品はどれもジャケットがカッコ良くて、この「裏窓」もライブ中のモノクロ写真があるだけ。声を知っている人なら写真から声が聴こえてきそうです。このアルバムは今でも愛聴盤です。

前述の通り、浅川マキのCDは廃盤になっているものも多く入手することも結構難しいミュージシャンですね。CDが下火でアナログ盤の方が売れる時代ですから、アナログ盤で再発してくれないかなと思いますね。サブスクにも何枚かはあるみたいですが。マキさんが生きていたら何て言うでしょうかね。

好きな曲となると「夜が明けたら」、「寂しさには名前がない」、「こんな風に過ぎて行くのなら」、「裏窓」などの自作曲も素晴らしいものが多い中、カバー曲が最高なんですよね。「An Old Raincoat」、「If I’m on the late side」、「マイ・マン」なんかは最高の訳詞をつけています。

浅川マキで一番好きな曲「この1曲」もカバー曲から。「灯ともし頃 MAKI VII」に収録された「それはスポットライトではない」を選曲します。

この曲はジェリー・ゴフィン(キャロル・キングの元夫)が発表した曲で、一番有名なのはロッド・スチュワートの「Atlantic Crossing」に収録されたヴァージョンでしょう。浅川マキはロッドがカバーした曲を多く録音していますね。

淡々とした浅川マキとエモーショナルなつのだ☆ひろのヴォーカルが対照的。浅川マキはそのイメージを超えたような歌唱はあえてしていないんですよね。セルフプロデュースに断固とした信念があったことを垣間見ることができます。

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