レイ・チャールズのおすすめ「この1曲」

この1曲
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グラミー賞を17回受賞の巨人

今日はレイ・チャールズで一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。

レイ・チャールズは1930年、アメリカ・ジョージア州オールバニで生まれたシンガー、ソングライター、ピアニスト。

チャールズは4〜5歳から視力を失い始め、7歳までに緑内障のために目が見えなくなりました。 盲学校で学びながらピアノを学び、右手で点字を読んで左手の動きを覚え、左手で点字を読んで右手の動きを覚える。この2つのパートを組み合わせて演奏するという難解な点字を利用した演奏方法を教わります。

1945年、14歳の時に母親が亡くなり、学校を退学。その後はジャクソンビルに移り住み、バンドのピアノ伴奏として音楽活動を開始します。

1948年3月にワシントン州シアトルに移り、マクソン・トリオというバンドを結成。クラブでの演奏を始めます。

1949年4月に「Confession Blues」を録音し、この曲がビルボードのR&Bチャートで2位となり、最初の全米ヒット曲となります。この成功の後、チャールズは1950年にロサンゼルスに移りました。

スウィング・タイム・レコードと契約した後、「Baby, Let Me Hold Your Hand」、「Kissa Me Baby」と2つのR&Bヒット曲をリリース。その後、アトランティックと契約しました。

アトランティックではブルース、ジャズ、リズム・アンド・ブルース、ゴスペルなどを融合させ、ソウル・ミュージックというジャンルを開拓。「I’ve Got a Woman」、「Hallelujah I Love Her So」、そして全米ポップチャートでトップ10入りした「What’d I Say」など多くのヒット曲をリリースします。

1959年にアトランティックとの契約が満了し、11月にABC-パラマウントと新たな契約を結びます。

1960年にABC-パラマウントで初のヒット・シングルとなった「Georgia on My Mind」で全国的に高い評価を受け、4部門のグラミー賞を受賞しました。
また、R&Bシンガーのパーシー・メイフィールドが作曲した「Hit the Road Jack」でもグラミー賞を獲得。

1960年代にはカントリー、R&B、ポップスの統合に貢献。特に2枚の「Modern Sounds in Country and Western Music」のアルバムで大きな成功を収め、シングル「I Can’t Stop Loving You」はポップ・チャートで5週間トップに立ち、R&Bチャートでは10週間1位を記録。イギリスではチャールズにとって唯一のNo.1となりました。

1970年代になるとロックやR&Bの台頭により、ラジオでのアピール力が低下していきます。
1974年、チャールズはABCレコードを離脱し、自身のレーベル、クロスオーバー・レコードで数枚のアルバムを録音。1975年にスティーヴィー・ワンダーのヒット曲「Living for the City」を録音したことで、チャールズは再びグラミー賞を獲得しました。

1985年にはアフリカのために録音したUSAフォー・アフリカのチャリティー・シングル「We Are the World」に参加しました。

その後も活発に活動し、1989年には「いとしのエリー」をカバー。日本で話題となります。2004年には自伝映画「Ray/レイ」が公開され、アカデミー音響賞、主人公のジェイミー・フォックスはアカデミー主演男優賞を受賞しました。

2004年に肝癌のために死去。これまでにグラミー賞を17回受賞。 1987年にはグラミー生涯功労賞を受賞。ブラック・ミュージシャンの地位向上に大きな貢献をした先駆者の一人ですね。

レイ・チャールズで一番好きな曲

レイ・チャールズは両親が好きで、実家で幼少期から聴いていました。
もっぱらベスト盤を聴いて育ちましたが、オリジナルアルバムで聴いたのはごく最近のことで、17枚のアルバムのセットを購入して聴きました。これ、めちゃくちゃお買い得でおすすめです。ジャケットが統一なのが残念なところですけど。

さて、レイ・チャールズで一番好きな曲「この1曲」ですが、これも名曲が多く迷っちゃいますね。

Georgia on My Mind」、「What’d I Say」、「Hallelujah I Love Her So」、「Unchain My Heart」などなど候補が挙がりますが、1961年発表の「Hit the Road Jack」を選曲します。出だしのホーン、女性コーラス。そしてソウルフルなレイ・チャールズのヴォーカル、シャウト。すべてがめちゃくちゃカッコいい

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