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リトル・リチャードのおすすめ「この1曲」

この1曲

最高のロックンロール・シンガーの一人

おすすめのミュージシャンの楽曲で一番好きな曲を選んで紹介していく「この1曲」。

今日はロックンロール特集最終日。先日87歳で亡くなったリトル・リチャードを取り上げます。

リトル・リチャード(本名リチャード・ウェイン・ペニマン)は1932年、アメリカ・ジョージア州・メイコンに生まれたシンガー、ソングライター。

幼い頃から教会でゴスペルを歌っていたリトル・リチャードは、ブラザー・ジョー・メイ、シスター・ロゼッタ・サープなどのゴスペル歌手に影響を受けて育ちました。

1947年10月、シスター・ロゼッタ・サープのオープニング・アクトとしてキャリアをスタート。

1950年にバスター・ブラウンズ・オーケストラに参加し、「リトル・リチャード」を名乗るようになります。

アトランタに定住したリチャードはR&Bを聴くようになり、クラブに頻繁に通います。

そこでロイ・ブラウンやビリー・ライトなどの派手なスタイルのショーマンシップに影響を受け、R&B歌手になることを決めます。

親しくなったライトからエンターテイナーになる方法を学び始め、ライトに似たポンパドールの髪型を取り入れ始めただけでなく、ペンシルヒゲをスタイリングし、メイクも施し、より派手な服を着るようになります。

1951年にRCAビクターと契約し、デビュー・シングル「Every Hour」をリリース。

1年間活動しますが全国的なヒットはなく、契約を終了。

1951年から1954年にかけて、ピーコック・レコーズから数枚のシングルを出します。

ステージ上でのハイ・エネルギー・アクションで評判が高まっていたにもかかわらず、ヒットはしませんでした。

それでもめげずにデモテープを作り続け、1955年にスペシャルティ・レコードと契約。

11月にシングル「Tutti Frutti」をリリースします。

Tutti Frutti」はビルボードR&Bチャートで2位を獲得。アメリカのビルボード・トップ100では21位、イギリスのシングル・チャートでは29位を記録し、最終的には100万枚を売り上げる大ヒットとなりました。

これ以降、「Long Tall Sally」、「Lucille」、「Rip It Up」、「Good Golly, Miss Molly」といったヒット曲を連発します。

1957年にはファースト・アルバム「Here’s Little Richard」をリリース。全米アルバムチャートの13位を記録しました。

リチャードのパフォーマンスは、公共の場が「白人」と「有色人種」の領域に分かれていた時代に、その観客を統合させることに成功しました。

リチャードは、ピアノを弾いているときに足を持ち上げたり、ピアノの上に乗ったり、ステージの上を走ったり降りたり、観客にお土産を投げつけたりするなど、エネルギッシュなパフォーマンスをおこないました。

1957年に人気絶頂の中で引退を表明し、牧師となりますが、スペシャルティ・レコードは録音済みのリチャードの音源をリリースし続けました。

5年ほど牧師として生活したあと、1962年に歌手復帰します。

復帰のツアーとしてヨーロッパを回ったときにオープニング・アクトとして出演したのがまだ無名だったビートルズで、

彼らに自分の曲を演奏する方法をアドバイスし、ポール・マッカートニーに彼の独特の発声法を教えました。

1986年にはチャック・ベリー、エルヴィス・プレスリーらとともに、ロックの殿堂に選ばれます。

2013年9月に、アーティスト活動から引退することを発表。

2020年5月9日、癌のため死去しました。87歳でした。

リトル・リチャードで一番好きな曲

リトル・リチャードも幼少から体に擦り込まれているミュージシャンです。

そして、最終日はリトル・リチャードで締めると最初から決めていたのですが、

ロックンローラーでは一番好きな存在。最高のロックンロール・シンガーであり、パフォーマーだと思います。

5月9日に亡くなったばかりですが、やっぱり寂しいですね。

そんなリトル・リチャードの中で一番好きな曲ですが、名曲揃いなのでこれも迷いまくりでしたが、「Tutti Frutti」を選曲します。

爆発的なシャウト・ヴォーカル、立ちながら弾く転がりまくりのピアノ。ロックンロールの名曲は数多くありますが、この曲は私にとってはスペシャルな1曲です。

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