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スティーヴィー・ワンダーのおすすめ「この1曲」

この1曲

ソロ・ミュージシャンとしてグラミー受賞最多

おすすめのアーティストの楽曲の中で、一番好きな曲を選んで紹介する「この1曲」。

今日はスティーヴィー・ワンダー

計22部門でグラミー賞を受賞、最も受賞回数の多い男性ソロ・シンガーです。

スティーヴィー・ワンダーは1950年、アメリカ・ミシガン州・サギノー生まれのシンガー・ソングライター。

スティーヴィーは6週間早産で生まれたため未熟児網膜症と呼ばれる、目の成長が頓挫して網膜が剥離してしまう状態になり、目が見えなくなりました。

子供の頃から聖歌隊で歌い、ピアノ、ハーモニカ、ドラムなどの楽器を演奏し始めます。

1961年モータウンのオーディションを受け、見事合格。モータウンのレーベル、タムラと契約。

スティーヴィーはプロデューサー兼ソングライターのクラレンス・ポールのもとに預けられ、1年間に2枚のアルバムを制作します。

1962年末、12歳の時にモータウン・レビューの一員として全米をツアー。

シカゴのリーガル・シアターでの20分のパフォーマンスは録音され、1963年5月にアルバム「Recorded Live: The 12 Year Old Genius」としてリリースされビルボード200でソロ・シンガー1位を獲得。

このアルバムからのシングル「Fingertips」も5月にリリースされ、ビルボードHOT100で1位を記録。史上最年少でチャート1位を獲得しました。

しかし、そこから一気にヒットチャート最上位の常連になったわけではなく、続く数作は必ずしも大ヒットとはなりませんでした。

シルヴィア・モーイと共作した作品などを含むアルバム「Up-Tight」がアルバムチャートで33位とヒットし、

シングルカットされた「Uptight」、「Nothing’s Too Good for My Baby」、「With a Child’s Heart」、そしてボブ・ディランのカバー「Blowin’ in the Wind」がいずれもヒットしました。

1970年9月、20歳のときにソングライターで元モータウンの秘書だったシリータ・ライトと結婚。

ふたりは次のアルバム「Where I’m Coming From」(1971)で一緒に仕事をし、スティーヴィーが作曲、シリータが作詞を担当しました。

1970年代に入るとモータウンと新たな契約を結び、1972年3月に「Music of My Mind」をリリース。

このアルバムからオーバーダビングを模索し始め、楽器パートのほとんどを自分で録音しました。

以降も、「Talking Book」、「Innervisions」、「Fulfillingness’ First Finale」、「Songs in the Key of Life」と70年代のスティーヴィーは傑作を連発。

グラミー賞も多数獲得します。

1980年代に入ると、ヒット曲と名声を獲得し、アルバムの売り上げ、チャリティへの参加、注目度の高いコラボレーション、政治的な影響力、テレビ出演などを増やしていきました。

1990年代以降はリリースのペースを落としますが、ツアーやさまざまな社会活動などを活発におこなっています。

スティーヴィー・ワンダーで一番好きな曲

スティーヴィー・ワンダーは70年代から80年代という私の成長期に大活躍だったミュージシャンなので、

生まれた時から聴いていた音楽だと思います。

アルバムを最初に聴いたのは高校生のころで「Songs in the Key of Life」でした。

このアルバムは現在に至るまでずっと聴き続け、思い入れがありすぎるのですが、

「この1曲」も「Songs in the Key of Life」から「Another Star」を選曲します。

ラテンのリズム、延々と繰り返されるキャッチーなメロディ

やっぱりこの曲最高です。

サザン・オールスターズの「勝手にシンドバット」がこの曲からインスピレーションを受けていることは有名ですよね。

ジャズ/フュージョン色の強いこういう曲をポップに仕上げてくるところがさすがですし、スティーヴィーの底知れぬ感じがちょっと怖くなります。

また、こんな曲をアルバムの最後に持ってくるなんて。また聴きたくなるじゃないですか。で、ループしちゃう。機能性抜群のラス曲です。

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