ジョン・サイモンのおすすめ「この1曲」

この1曲
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70年代初頭のソロ2作は名作

今日はジョン・サイモンで一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。

ジョン・サイモンは1941年アメリカ・コネチカット州ノーウォーク生まれのプロデューサー、シンガー、ソングライター。1960年代後半から1970年代にかけてアメリカのトップ・レコード・プロデューサーの一人として知られ、ザ・バンドの「Music from Big Pink」、「The Band」、「The Last Waltz」、ビッグ・ブラザー&ザ・ホールディング・カンパニーの「Cheap Thrills」など、50年以上経った今でも売れ続けている数々の名作アルバムを制作しています。

幼い頃からヴァイオリンとピアノを演奏し、10歳になる前から曲を書き始めます。高校を卒業する頃にはすでにいくつかのバンドのリーダーとなり、オリジナルのミュージカルを2本作曲していたそうです。 大学在学中もバンド活動、ミュージカルの作曲などを続け、大学卒業後はコロンビア・レコードに研修生として採用されます。

最初の成功は1966年。サークルの「Red Rubber Ball」を編曲・プロデュースしたものでした。ポール・サイモンとブルース・ウッドリーが共作したこの曲は、ビルボード・ホット100チャートで2位を記録。100万枚以上のセールスを記録し、ゴールド・ディスクを獲得しました。

この成功により、サイモンは他のアーティストの仕事も任されることになります。彼が最初にアレンジを担当したのは、レナード・コーエンのデビュー・アルバム「Songs of Leonard Cohen」でした。

その後、アル・クーパーに出会い、コロンビアを離れてフリーランスのプロデューサーになるよう勧められ、ブラッド・アンド・スウェット&ティアーズのファースト・アルバム「Child Is Father to the Man」を制作します。

1968年に公開された映画「You Are What You Eat」の音楽に参加しサイモンが作曲した「My Name Is Jack」が収録されました。この映画の仕事でウッドストックに行き、アルバート・グロスマンと出会います。グロスマンは彼に才能あるアーティストの中からいくつかのプロデュースを依頼。以降、ジャニス・ジョプリンとそのバンド、ビッグ・ブラザー・アンド・ザ・ホールディング・カンパニーの「Cheap Thrills」 やザ・バンドの「Music From Big Pink」、「The Band」、「The Last Waltz」をプロデュースしました。

この頃、ポール・サイモンはジョン・サイモンにシンガー・ソングライターになるよう促し、 その結果、彼は70年代初頭に「John Simon’s Album」(1971)、「Journey」(1973)という2枚のアルバムを録音しました。

その後、ディスコやヘヴィ・メタルなどが流行すると、プロデュース業に興味を失い、活動は限定的となりました。

1990年代には日本から5枚のアルバムをリリース。1992年の「Out On The Street」はアメリカにも逆輸入されました。また、佐野元春 and The Hobo King Band 「The Barn」をプロデュースするなど、日本とも大きな関わりを持っています。

ジョン・サイモンで一番好きな曲

ジョン・サイモンはザ・バンドの諸作の流れで名前を知っていたのですが、ソロ・アルバムを聴いたのは会社勤めを始めた頃。会社の先輩に「John Simon’s Album」を貸してもらったのがきっかけでした。

このアルバム、「The Band」のリリース後に取り掛かっていて、ザ・バンドからリック・ダンコ、リチャード・マニュエル、ガース・ハドソンが参加。他にもレオン・ラッセルや、ボビー・キーズ、デラニー・ブラムレット、リタ・クーリッジなど、あの時代を彩るミュージシャンが多数参加していて、聴きごたえがありました。つづくセカンド「Journey」も名作で、この2枚はよく聴き込みましたし、今もたまに棚から引っ張り出してくるアルバムです。

ジョン・サイモンで一番好きな曲「この1曲」は「John Simon’s Album」収録の「Motorcycle Man」を選曲します。転がるピアノが明るい気分にさせてくれるので、休日によく聴いてます。ジョン・サイモンのヴォーカルの少し頼りない感じも逆に好きで、徐々に厚みを増していく演奏もいいです。

ジョン・サイモンズ・アルバム

Motorcycle Man

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