ジェファーソン・エアプレインのおすすめ「この1曲」

この1曲
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サイケデリック・ロックを代表するバンドの一つ

今日はジェファーソン・エアプレインで一番好きな曲「この1曲」を取り上げます。

ジェファーソン・エアプレインは1965年にアメリカ・カリフォルニア州サンフランシスコで結成されたロックバンド。サイケデリック・ロックを代表するバンドの一つとして知られています。

全盛期のメンバーと担当楽器は以下の通り。

  • マーティ・バリン(ヴォーカル)
  • ポール・カントナー(ギター、ヴォーカル)
  • グレース・スリック(ヴォーカル)
  • ヨーマ・カウコネン(リード・ギター、ヴォーカル)
  • ジャック・キャサディ(ベース)
  • スペンサー・ドライデン(ドラムス)

1962年にソロ・ミュージシャンとして2枚のシングルを録音したマーティ・バリンは、バーズやサイモン&ガーファンクルがフォークとロックを融合させて成功したことに触発され自らのグループを結成します。

1965年11月、ジェファーソン・エアプレインはRCAビクターとレコーディング契約を結び、デビュー・シングル「It’s No Secret」を、1966年8月にはファースト・アルバム「Jefferson Airplane Takes Off」をリリース。ベイエリア以外での公演もテレビ出演もしていなかったにもかかわらず、アメリカ全土で注目を集めました。

1967年2月にグレース・スリックが加入後の最初のアルバム「Surrealistic Pillow」をリリース。スリックはそれまでのグループからの2曲「White Rabbit」と「Somebody to Love」を提供。ブレイクのきっかけとなりました。アルバムはビルボード200で1年以上チャートを維持し、最高3位を記録。

1967年6月にはモントレー・ポップ・フェスティバルに出演。セットリストからの2曲は、ドキュメンタリー映画に収録され、国際的な注目を集めました。8月には、モントリオールで、グレイトフル・デッドと共に2回の無料野外コンサートに出演。またエド・サリバン・ショーなどのTV番組にも出演し知名度を上げていきます。

サイケデリック・ロックに傾倒したサード・アルバム「After Bathing at Baxter’s」は1967年11月にリリースされ、全米17位を記録。薬物に言及した曲はラジオ局の支持を得られず、シングルはTOP40に入ることができませんでした。

1969年8月にウッドストック・フェスティバル、1969年12月にはオルタモント・フリー・コンサートで演奏。彼らは1960年代を象徴する3つのロック・フェスティバル、オルタモント、モンテレー、ウッドストックのすべてで演奏した唯一のバンドとなりました。

1970年代に入るとメンバー間の対立、レーベルとの不和などのトラブルが相次ぎ、1971年にはバンド創始者のバリンが脱退します。

1971年9月、6thアルバム「Bark」がリリース。RCAビクターとの契約の最後のアルバムであり、バンドの自主レーベルであるグラント・レコードからの最初のリリースでもありました。

バンドの継続的な成功にもかかわらず、スリック、カントナーとカウコネン、キャサディの間には大きな亀裂があり、バンド活動に大きな影を落とします。
1972年7月に7thアルバム「Long John Silver」を発表しますが、バンドは分裂。ジェファーソン・エアプレインは解散しました。バンドはジェファーソン・スターシップ、スターシップと名を変え、活動を続けていきます。

ジェファーソン・エアプレインで一番好きな曲

昨日のリッチー・ヘヴンスに引き続き、このジェファーソン・エアプレインもウッドストックの映画を観て知りました。高校生の私は「ジャニス以外にもこんなすごい人いるんだ」とびっくりしながら観た記憶があります。

最初に聴いたアルバムはウッドストックでも演奏した曲が入る「Surrealistic Pillow」。「Volunteers」や「After Bathing At Baxter’s」も好きですが、一番聴いたのは「Surrealistic Pillow」だと思います。3人のヴォーカルが合わせにいくんじゃなくて、攻撃的に絡む感じが好きでした。

ジェファーソン・エアプレインで一番好きな曲「この1曲」はウッドストックでも演奏した出会いの曲。「Surrealistic Pillow」に収録された「Somebody to Love」を選曲します。3人の絡みが好きと言いつつ、グレース・スリックの強烈なヴォーカルはやっぱり特別で、どうしても惹きつけられますね。

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